Twitterと脳、その構造的類似性について
急速な勢いで広まっている Twitter は、参加者が、全世界的においては 1.45億人 を超え、日本においても 1000万人 に迫っているようです。それは、参加者が 5億人 を超え、ページビューでGoogleを凌ぐ までに成長した巨大 SNS の Facebook と共に、Web の世界における主導権が「検索」から「ソーシャル」へとシフトしつつあることの証左として、象徴的に語られています。 そのような背景において、ビジネス界では、営業戦略・販売戦略的な視点から、または、カスタマー・リレーションシップ構築の視点から、 Twitter の活用を探る動きが活発化しているのはご承知の通りです。そこで、コラム「Across The Information Technology」の第1回目(vol.1)として、その Twitter を取り上げてみたいと思います。
そこでは、Web 開発者の立場において、「現に今動いている Twitter というコミュニケーション・システムは、どのようにモデル化できるだろうか」あるいは「Twitter という Web アプリケーションは、一体どのようなコンセプトから生まれたのだろうか」「現にある Twitter というコミュニケーション・システムを生み出すような開発視点としてどのような視座が考えられるか」という視点から、結論として「Twitter は、脳と構造的類似性をもつコミュニケーション・システムである」、 つまり、事後的には、「Twitterは、脳のバイオミミクリー的展開によるコミュニケーション・システムである」、という解釈を提示したいと思います。仮にこの視点に何らかの妥当性があるとすれば(もちろん、私としてはそのように考えているわけですが)、それは、IT開発や企業経営の観点に、わずかなりとも重要な示唆を与えてくれるのではないかと考えています。 ■2010年10月10日追記
コラム「Across The Information Technology」の第2回目(vol.2)「Twitterと脳、その構造的類似性について(補足)」を公開しました。

■2010年10月20日追記
コラム「Across The Information Technology」の第3回目(vol.3)「Twitter、スモールワールド・ネットワーク、知識創造」を公開しました。

Twitterと脳、その構造的類似性について

Section.1
Web 開発の末端に身を置くものとして、おそらく同業者の方々と同じように、私も、常に、開発すべきサイトやアプリケーションのことを考えている。また、気になるサイトやアプリケーションがあれば、それがどのような構造をもち、本質的にどこが優れているのかを考えるようにしている。そこで Twitter であるが、非常に便利で何とも不思議なこの Web アプリケーションについても、日々活用しつつ(は、Twitter のヘビーユーザーとは言えないが、情報収集目的で、非公開リストを中心に活用している)、思いを巡らせていた。そして、閃いた。その閃きが果たして、オリジナルのものであるのか、Google で確認した。ざっと見たところ、そのような視点を提供しているページは存在しないようであった。そこでさっそく次のように Tweet した。 
Section.2
tweet
Section.3
私は脳について以前より関心を持ってはいたが、それは一般教養レベルでのことであるにすぎない。種明かしをすれば、この閃きを得る少し前に、私は、脳科学者の茂木健一郎さん著による「心を生みだす脳のシステム」という本を読んでいた。その中では、脳の基本構造が分かりやすく解説されていた。一方で、私は、先に述べたように「Twitter とは、どのような Web アプリケーションなのか」という問いをずっと持ち続けていた。茂木さんによれば、
私たちは、実は、一人一人が「素朴な脳科学者」だと言っても良いのである。
とのことである(「茂木健一郎さん著「クオリア入門」p.28)。とすれば、私も「素朴な脳科学者」の一人としてこの閃きを省察すれば、
「Twitter とは何か」という問いと脳に関する知識が、その時に、それこそ私の脳の中でばったりと出会った
ということであろう。
Section.4
茂木健一郎さん著による「心を生みだす脳のシステム」には、冒頭、脳について次のような解説がある(p.18~19)。
多種多様な表象に満ちた私たちの主観的体験を作っているのは、脳の中の1000億のニューロン(神経細胞)である。ニューロンは、核を持つ細胞体と、樹状突起、それにアクソン(軸索)と呼ばれる部位からなる。そして、シナプスと呼ばれる結合部位を通して、隣のニューロンと相互作用する。樹状突起は、ニューロンの「入力部」であり、ここで他のニューロンからのシナプスを通した入力を受ける。アクソンは「出力部」であり、シナプスを通して、他のニューロンへと信号を伝達する。
Section.5
ご存知の通り、Twitter の基本構造は次の通りである。
(1)Twitter の参加者は、基本的に、「フォローしている」「フォローされている」により、他の参加者とネットワークされる。(2)自分の Tweet と自分がフォローしている人の Tweet が、自分の Timeline に表示される。=> 「自分がフォローしている人」は、自分の Timeline にとって「入力部」に相当する。(3)自分の Tweet は、自分をフォローしている人の Timeline にも表示される。=> 「自分をフォローしている人」は、自分の Tweet の「出力部」に相当する。
また、先の茂木さんの解説によると、脳の基本構造は次の通りである。
(1)「脳」は、(1000億個の)「ニューロン(神経細胞)」のネットワークである。(2)「樹状突起」は、ニューロンの「入力部」であり、ここで他のニューロンからのシナプスを通した入力を受ける。(3)「アクソン(軸索)」は「出力部」であり、シナプスを通して、他のニューロンへと信号を伝達する。
ここに、私は、Web 開発者の立場から、上記のレイヤーにおいて、Twitter のコミュニケーション・システムと脳のネットワーク・システムとの構造的類似性を見たわけである。(誤解を招くといけないのであえて言及すると、私が見たのは「構造的」類似性であり、「機能的」類似性ではない。 つまり、Twitter によるネットワーク・システムは、 単に情報単位である Tweet を各参加者に対して適切に構成し配信しているに過ぎず、 そこに脳というネットワーク・システムが全体として発現する高次の機能などは持ちえないのは当然である。)
Section.6
その後ニューロンについて調べてみてわかったことだが、入力部となる樹状突起は1つのニューロンにつき複数存在するが、出力部となるアクソン(軸索)は1つのニューロンにつき1つしか存在しない、とのことであった。しかし、アクソンは、その先端で枝分かれするため(軸索側枝)、出力先は複数となり得る。その意味では、私の先の Tweet のような見立ても成り立つように思われる。また、Twitter においては、「フォロー返し」等によって、入力元(=自分がフォローしている人)と出力先(=自分をフォローしている人)が、同一となる場合があり得るが、脳において、樹状突起がシナプスを介して入力を受け取る元となるニューロンと、アクソン(軸索)がシナプスを介して出力を行う先となるニューロンが、同一となる場合があるのかについては、私が調べた限りではわからなかった。しかし、櫻井芳雄さん著「考える細胞ニューロン」には、次のような記述がある(p.10)。
また、細胞体で発生したスパイクは、軸索上をその終末に向かい伝搬していくと述べたが、信号を受け取る側である樹状突起の方向へも伝搬していくという、驚くべき逆方向伝搬(バック・プロパゲーション)も可能だという。つまり、入力信号を受け取ることでスパイクを発生しそれを次のニューロンへ伝える、という一方向の信号伝達のみではなく、入力側へも信号を出し働きかけることで、入力信号への感受性を自ら制御できるわけである。
櫻井さんが記述したような脳における逆方向伝搬を、Twitter というコミュニケーション・システム・ソフトウエアにおいては「フォロー返し」のような方法で代替的に実現しているとの解釈が成り立つとすれば、同様に、私の先の Tweet のような見立ても成り立つように思われる。
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しかし、同時に、先の私の見立てとは決定的に異なる事象も存在していた。すなわち、脳において「ニューロンの発火」は、それが起こるか起こらないか(all or nothing)のデジタル的情報である、という(茂木健一郎さん著「クオリア入門」p.55)。それに対して、Twitter における個々の Tweet は文字情報であり、様々な意味を担うアナログ的情報である、という点である。ただし、この違いは、Twitter が、人間が参加して使うコミュニケーション・システムであるという点を考慮すれば当然のことであり、Web 開発者としての私の立場としては、捨象して良いように思われる。また、脳において、ニューロン同士のシナプスを介した連携が位置的に近接したニューロン同士に限定されるのか、それとも、限定されないのか、については、私は調べることができなかった。それに関して、Twitter の場合には、ご存知のように、一人の参加者は他のどの参加者とも連携可能である。(「ブロックされる」という例外の場合を除いて)この点についても、同様の理由で、Web 開発者としての私の立場としては、捨象して良いように思われる。
Section.8
1個のニューロンに着目した時の、単純化した脳のネットワーク・モデル
Section.9
1人の参加者に着目した時の、単純化したTwitterのネットワーク・モデル
Section.10
結局のところ、私のここでの結論は、「Twitter とは何か」という問いに対して、脳をニューロンのネットワーク・システムというレイヤーで捉えた場合、
脳と構造的類似性をもつコミュニケーション・システムである
ということになる。それは、ソフトウエア開発という視点からは、事後的には、
脳という情報ネットワーク・システムにおいてその構成要素となる個々のニューロンの入出力構造に着目し、それをソフトウエアとしてバイオミミクリー的に展開しているコミュニケーション・システムである
と解釈できる。バイオミミクリーとは、ご存知のように、
生物の形態・構造・機能を模倣することにより、その優れた特性を人工的に実現しようとする工学的手法
のことである。もちろん、脳のバイオミミクリーとしては、脳が全体として発揮する高度な情報処理能力を人工的に実現することを目指す「ニューロコンピュータ」などを挙げるべきだと思われるが、ここでのバイオミミクリーは、脳の構成要素であるニューロンに着目し、情報ネットワーク・システムとしての脳の次のような、非常に単純化した特徴を、人間が使うコミュニケーション・システムとして実現しようとするものであると言える。
(1)システムは、多数の要素から構成される(2)システムの個々の構成要素は、他の複数の構成要素からの入力を受けることができる(3)システムの個々の構成要素は、他の複数の構成要素へ出力することができる(4)システムの個々の構成要素の入力と出力は、基本的に別系統となる(ただし、逆方向伝搬もあり得る)(5)構成要素の出力・入力は、ある一定形式をもつ
Section.11
さて、そこで問題になるのは、このようなバイオミミクリーによって実現され得る優れた特性とは、一体何かということである。脳という情報ネットワーク・システムを構成するニューロンが前述のような構造をもつことの情報処理上の優位性については、残念ながら、私は、確たる記述を見つけることができなかった。しかし、脳が、現実に非常に高度な機能を発現していることに鑑みれば、その基盤を構成するこのような単純化したモデルのレイヤーにおいても、何らかの優位性があるのではないかと考えたくなる。そこで、脳を離れて Twitter の基本構造について考えると、次のようなことは言えそうだ。
(1)Twitter というシステムの構成要素(=参加者)は、他の構成要素から、各々が求める多様かつ適切な入力を得られる可能性がある(2)1の裏返しとして、Twitter というシステムの構成要素の出力は、それを求める他の構成要素に適切に届けられる可能性がある(3)構成要素は、多様かつ適切な入力を得られることで、より適切な出力を行えるようになる可能性がある
つまり、
Twitter というシステムの個々の構成要素(=参加者)が、「部分最適」的に適切な入力元(=フォローしている)と連携する行為が、Twitter というシステム全体におけるコミュニケーションの「質」を向上させることに貢献することになる
ということである。(ただし、ここでは、Twitter の構成要素となる各参加者は「善意」であることを仮定している。 この仮定は、脳におけるニューロンが、生体を構成する一員として「善意」であると考えられることから、 妥当なものだと思われる。 しかし、実際の Twitter においては、例えばこの記事を書いている最中にも 「XSS脆弱性を突いた攻撃コードを含む Tweet」がシステム内に拡散された(参照)ように 「悪意」の参加者も存在するため、 この仮定が妥当ではない場合も存在する)
Section.12
バイオミミクリーは、開発者が「意図して」生物を模倣することである。一方、Twitter の創設者の一人であるエヴァン・ウィリアム(Evan Williams)氏は、ティム・オライリー氏の「Twitterとは、そもそも何なのか?」という質問に対して、
それはぼくにも分からないんだよね。サービスのデザインは最も難しいところ。いろんな使い方ができるように柔軟にすることが大事。カギは、サービスをシンプルにすることと、本来の目的と違う目的で利用ができる再利用性を高めること。
と語っている(参照)。ここで語られていることが事実であるとすると、Twitter のそもそもの開発コンセプトは、私がここで提示した解釈とは直接的には関係ないことになる。つまり、「Twitter とは、脳をバイオミミクリー的に展開したコミュニケーション・システムである」との解釈が成り立つとしても、それは結果としてそう言えるだけであり、そもそもはバイオミミクリー的戦略性をもって開発されたものではない、ということである。私が、先程「事後的」と言ったのは、そのような意味においてである。しかし、重要なことは、今、現にある Twitter が、
脳を(たとえそれが、非常に単純化したモデルのレイヤーにおいてであったとしても)、バイオミミクリー的に展開したコミュニケーション・システムであり得る
という現実である。私には、そこに、Twitter がこれほどまでに世界的に普及拡大しつつあることの根源的なパワーが潜んでいるように思われる。このような認識は、Web 開発という視点においては、世界的に普及する Web アプリケーションを開発することの意味、もしくは、Web アプリケーションのフロンティアが切り開いている地平を提示しているように思われる。また、企業におけるIT活用という視点においては、社外的には今や人類的コミュニケーションのインフラストラクチャー的存在となりつつある Twitter そのものの活用が、社内的には Twitter 的なマイクロブログ・アプリケーションの活用が、ナレッジ・マネジメント(知識共有・知識創造)に対して、すなわち、企業の進化や付加価値の創造に対して、大きな効用をもたらすであろうことを示唆しているように思われる。
* :Twitter の始まりについては、Gigazine の 2012年03月22日付けの記事「Twitter はこのメモから6年前、すべてが始まった」にTwitter の共同創設者の一人 Jack Dorsey 氏 による当時のメモの写真と共に解説があります。Wikipedia にも 同様の解説 があり、それによると次のようにあります。
ジャック・ドーシーによると、ツイッターの基本構想は自身が2000年6月に思いついた。LiveJournal よりもリアルタイム性が高く、どこにいても自分の状況を知人に知らせたり、逆に知人の状況を把握できたりするサービスの可能性に気づいたという。
また、ここでのテーマとは直接的には関係はありませんが、「Twitter」という名称については、Twitter ブログ に「Twitterという名前」というエントリーに解説があります。※2012年06月29日追記
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 読者の皆様にとりまして、多少なりともお役に立つものとなりましたら幸いです。
■2010年10月10日追記 コラム「Across The Information Technology」の第2回目(vol.2) 「Twitterと脳、その構造的類似性について(補足)」を公開しました。 今回の記事の中では言及することができなかった 「脳(もしくはニューロン)」に関する知見を得ることができましたので、 それについて書いています。
■2010年10月20日追記 コラム「Across The Information Technology」の第3回目(vol.3) 「Twitter、スモールワールド・ネットワーク、知識創造」を公開しました。 Twitter 的機能を実現するマイクロブログ・システムを 企業内のコミュニケーション・システムとして導入することの戦略的意味を、 「知識創造」の観点から考えます。